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kyokonurse
ブログ紹介
私は75歳の主婦で、80歳の認知症の夫を介護しています。 毎日いろいろな問題が起きてくるので、頭を悩ませています。  趣味は読書、俳句、英会話などで、忙しい合間を縫って趣味の時間をとり、ストレス解消に努力しています。 アドバイスを頂きたく、よろしくお願いいたします。

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タイトル 日 時
高齢者のお正月
高齢者のお正月   大震災に苦しんだ年が去り、新しい年が明けた。  今年はよい年でありますようにと誰もが願っている。  昔はお正月に夫が部下やお仲人をした若夫婦を招待し、みな家族揃って年賀に集まった。  料理を作るのは大変だったが、賑やかで楽しいお正月であった。  子供たちがそれぞれ独立した後も、家族みんなが集まり、食卓を囲んで祝杯を上げたものだった。  夫が在宅介護になってからは、食事ではなくお茶にしたが、それでも家族全員が顔を揃えた。 楽しかった思い出である。 ...続きを見る

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2012/01/08 15:59
胃ろうの是非
胃ろうの是非  一昨年の暮れに夫は腸閉そくの手術をして、その合併症として誤飲性肺炎を引き起こし、ついに胃ろうから栄養を摂取することになった。  あれから2年たち今は療養型病院で手厚い看護を受けている。  現在新聞紙上でも胃ろうの是非が論じられているが、容易く結論は出ないであろう。 ...続きを見る

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2011/12/17 14:45
80代高齢者の悲しみ
80代高齢者の悲しみ   朝日新聞の読者の投稿欄に「80歳から高額年金削減」の記事が記載され、それに賛成の声が60代の社会福祉士より寄せられているのを見て驚いた。  高齢者は生活に多くの資金を必要としないから、使って社会に還元しない必要以上の金額を80歳以上の高齢者に支給することは問題であると言うのである。  社会福祉士である人が80歳以上の高齢者の実情をあまりに知らな過ぎるし、衰えた弱者にたいしてあまりに冷たい仕打ちに怒りで身が震えた。  朝日の編集者や政府の担当者が同じ意見を持っているなら私は日本の将来に絶望... ...続きを見る

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2011/11/02 10:52
ターミナルケア
ターミナルケア 夫の血圧が低下したという連絡を受けたのは、病院へ向かうバスの中だった。 慌わ てて駆けつけると顔は青白く手は冷たくて冷や汗が出ていた。  血圧は機械では測れなくて触診で40ぐらいという。  血圧を上げる薬が中心静脈に点滴されている。  一生懸命夫の手足を撫でて祈った。  夫は目は瞑っているがいるが、耳は聞こえるらしい。 やがて少しずつ赤みが増し、血圧も機械で測ると50に上がってきた。  看護師さんが「もう大丈夫ですよ」と言ってくださる。  ちょうど息子や娘も来ることになっていたので、ほっと安... ...続きを見る

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2011/10/15 15:23
3転び4起きの介護人生
2002年に夫の介護を始めて10年近くなる。  その間いろいろあったが、大きく分けると3回どん底に落とされ、その度に活路が見出され救われた。  どん底の第1回は夫がレビー小体病型認知症と診断された時である。  誰もが一番罹りたくない病気であるから、なんで夫がこんな病気になったのか神を恨み、夫が可哀想でこの哀れな姿を誰にも見せたくないと思い、病気を受け入れることが出来なかった。  そのうちに牧師をトップとするデイサービスと出会い、介護を専門職として理想に燃える介護士、夫の心に寄り添うヘルパー、... ...続きを見る

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2011/10/04 11:34
極限状態での生き方
極限状態での生き方   夫はレビー小体型認知症を発病してから10年、この療養型病院に入院してから2年経ち、ほとんど眠ってばかりいるようになった。  私が逢いに行っても目を開けず、分からないこともある。  そんな時は寂しく空しく、病院通いも辞めようかと思ったり、一日おきではなく1週間に1度ぐらいにしようかとも考えた。 ...続きを見る

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2011/09/08 10:28
認知と意識
認知と意識   夫は腸閉そくの手術の後寝たきりになって2年近く過ぎた。  初めはこちらの問い掛けに何らかの反応をみせたが、最近は眠っていることが多い。  「お父さん」と呼ぶと目をうっすら開けるが、こちらの顔は見ずにあらぬ天井を見つめて、うつろな目をしている。  手を握ると握り返すこともあるが、前のような力強さはない。  音楽を聞かせると、嫌がらずに聞いているが、喜んでいる様子は見られない。  一体、脳の中はどうなっているのか?  私のことを認知しているかも分からない。  意識が無いとは言えないが、意識が... ...続きを見る

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2011/08/12 12:14
高齢者の自由
  戦後女性は閉ざされていた世界が開け、自由を享受できるようになった。  しかし結婚して家庭を持てば、しなければならないことが山積し、育児や介護に追われそれほど自由は与えられない。  私も夫の介護を病院に任し、独り暮らしを始めた時、人間の自由とは何なのだろうと考え始めた。  老人ホ−ムにいた時と違い、起床、就寝の時間は自由だし、食事も決まった時間に食堂に行く必要はないし、外出、入浴も好きなように出来る。  自分の時間が持てるようになったのだ。      しかし私は仕事に追われた60代に、... ...続きを見る

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2011/07/09 10:41
認知症の不思議
認知症の不思議   昨日夫の病院に行く。  いつもの通りCDの音楽を聞かせながら本を読んでいると「オイ、オイ」と夫が私を呼んでいる。  珍しいことなので慌てて飛んでいくと、悲しい顔をして何か言っているが、私の耳では何を言っているのか分からない。 「悲しいの?」と尋ねると肯く。  そして大声で苦しそうに叫ぶ。  「私が側にいるから大丈夫よ」 と手を握ってあげると、しばらくして落ち着いた。  いつもは穏やかに目をつぶって音楽を聞いているが、時々こんなことが起きる。  時には涙を流す時もある。  私はこういう時... ...続きを見る

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2011/06/11 11:02
新しい始まり
五月晴の土曜日、教会の車に乗せて頂いて 教会の墓参に参加した。 私もその墓地に入れて頂きたく、どんなところか見ておきたいと思ったからである。 まばゆいばかりの新緑の中、快適なドライブの後で美しい公園墓地に到着した。  山の裾野で見晴らしも良く、つつじに囲まれて小さな煉瓦作りの建物の中にいくつかの骨壷が安置され、み霊が眠っておられた。  佐多氏もここなら安心して 眠っていられると思った。 ...続きを見る

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2011/05/15 15:31
新しい友人
新しい友人 未曾有の関東東北大震災から一カ月経ち、復旧の兆しも見え始めた。 凄まじい災害に心を痛めていたが、その痛みもいくらか薄らぎ、人間の底力の強さを知らされている今日この頃である。  かつては無縁社会と悲しんでいた日本に縁が戻り、人々の絆が深まり、協力して困難に立ち向かう姿に感動させられる。  日本人は捨てたものではない。  まだ他人を思いやる心が残っていたと嬉しく思う。 ...続きを見る

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2011/04/20 15:18
人とのつながり
3月11日 未曾有の東北関東大震災に見舞われた。  私は災害地から200キロメートル離れたところに住んでいるので、停電はあったが、災害は免れた。 これは感謝である。  私がもっと感謝したのは大勢の方々から、一人暮らしの私を心配して、沢山のお見舞いを頂いたことである。 地震の前に風邪で寝込み、動けなくなって、無縁社会の孤独をを嘆いていたところである。  風邪の後、娘も心配して毎日電話をしてくれたし、教会の方々も訪問してくださったり、お手紙やお電話を頂き、有難いと思っている矢先であった。  「地... ...続きを見る

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2011/03/24 10:09
八十一歳の夢
八十一歳の夢 寒い、寒いと思っている中に、暦は3月になり、ひな祭り、私の81歳の誕生日を迎えることになった。 喘息の持病のある私がよくぞ長生きしたものである。  小さな後悔は多々あるが、何とか人波に結婚し、二人の子育てをして独立させた。 その間好きな英語の塾を開いて40年、一生懸命生きてきたつもりである。  最期の10年は、夫の認知症発病で介護の波乱万丈の生活であったが、今は落ち着いて、ケア派病院に任せている。 やっと賜った平安に感謝である。 ...続きを見る

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2011/03/01 12:54
献体について
献体について 新しい年が明け、私は医科大学に献体を申し込み、それが受理されて、ほっと安堵しているところである。  私が献体を決意して推移を書き留めておこう。 ...続きを見る

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2011/02/04 12:10
夫の終末期
夫の終末期   新しい年を迎え、夫の発病以来9年になる。 その前から物忘れがひどく、チョ2コチョコ歩いていたから、夫にとっては不安な時期がかれこれ10年になる。 いろいろあったが、よく頑張ったと思う。 老人ホームで介護士とトラブルがあった時は険しい顔つきをしていたが、今では穏やかなよい顔をしている。 しかしもう寝返りも打てないし、会話も出来ない。  頷いたり、首を振ったりコミュニケーションはとれるのは嬉しい。 看護師が痰を引いたり、口腔内の洗浄、髭そり、爪切りまでしてくれるので、私は声を掛けて、イヤホン... ...続きを見る

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2011/01/28 11:19
2010年を振り返って
2010年を振り返って   今年も押し迫り、クリスマス礼拝も終え、落ち着いて振り返ってみると、いろいろの思いが湧いてくる。  感謝あり、反省あり、悔悟あり、願望あり、それをここに書き留めておこうと思う。 ...続きを見る

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2010/12/25 16:16
高齢者の食生活
 「同じ釜の飯を食う仲」と言うように食事は生活の中で重要な部分であった。 私も家族のために心を尽くして食事を作ってきた。 ところが子どもたちも独立し、夫も入院して、一人暮らしとなると、最初は自分のために手の込んだ料理を作るのが煩わしく、手を抜いてしまった。 買い物に行っても、肉も魚も野菜も少量は買えず、、ついたくさん料理を作ってしまう。 冷凍すると味は落ちるし、同じものを何日も続けて頂くことになる。      おまけに歯が悪くなり、固いものが食べられなくなった。 これでは健康が維持できな... ...続きを見る

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2010/12/04 10:43
がんばらない介護生活
がんばらない介護生活   11月11日は「いい日、いい日、毎日、あったかい介護ありがとう」を念頭に介護の日と2008年に制定された。それで「がんばらない介護生活ー自  分らしい暮らしを支える」という題でセミナーが開かれることをアスパラのネットで知り応募した。 幸いくじに当たり入場券が送られて来たので、期待して新橋のヤクルトホールに出掛けた。   地図はあったが、私は方向音痴のなので、人に尋ねながら会場にたどり着いた。 世の人は高齢者には親切である。 会場は介護士らしい人たちが群れをなして、展示品にたむろしていた... ...続きを見る

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2010/11/12 16:16
介護施設の充実を望む
介護施設の充実を望む 今日の朝刊に新しい高齢者医療制度の記事が載っていた。  この高齢化の社会で政府はどのような福祉政策を実現しようとしているのか、不安である。  今は女性も仕事を持っている時代で、子が親の介護をすることは難しい。  介護のために退職をすれば、収入がなくなり生活が脅かされる。  遠く離れて住んでいれば、遠距離介護でますます厳しくなる。  親が二人揃っていればどちらかが介護をすることになるが、それも老老介護となると、在宅介護は困難である。  私も夫の在宅介護を7年続けたが、80歳過ぎると、体力が衰え... ...続きを見る

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2010/10/23 10:55
病院の敬老会
病院の敬老会   夫の入院している療養型病院では夏祭り、クリスマスなど季節のイベントを開催してくれる。  夫は今までMRSAの菌が出ていたので、参加できなかった。  しかしこの敬老会には夫も菌がなくなったし、点滴もとれたので、参加できるようになった。  しばらく車椅子にも乗っていなかったので大丈夫かと心配したが、看護師さんはベッドの頭の部分を短時間高くしてくれたり、散歩に連れ出すよう計らってくれて、予行演習をして準備した。 ...続きを見る

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2010/10/02 10:40

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